わたしの文章力養成所

弱った文章力を取り戻すためのトレーニング用日記です。

今週のお題「給食」

初のお題にチャレンジ!

 

今週のお題「給食」

 

たまにリアルでも話題になりますよね、「給食」。

けっこう「あれがまずかった」「このメニューだけは勘弁してほしかった」「給食当番のときふざけてて大缶を廊下にぶちまけた」「隣の風邪気味の奴が給食中にゲ●をぶちまけた」などいわくつきな思い出がある方も多い「給食」。

ですが、わたしは特に嫌な思いもせず何でも美味しい美味しいと食べていました。

(幼少時から父親に中国のカエルの干し肉ジャーキーやら、鹿の角を煎じた苦い水やら得体の知れないものをバンバン食べさせられていたので、味覚の「美味しい~まぁイケル」ゾーンが広く育ったのかな…今となっては好き嫌いのない大人になれたのでありがたいですが)

ですが、まだまだ幼かったときの給食にはちょっと苦い思い出を思い出したので、少し語ろうと思います。

 

幼稚園時代

わたしは保育園は行かず、幼稚園で公教育デビューでした。

年中さん時代は私立、年長さん時代は市立へ通っていました。

年長さん時代の市立では毎日自宅からお弁当持参だったのですが、

年中さん時代の私立では毎週木曜日(なぜか鮮明に覚えている)、決まった曜日に給食だったのです。

給食といっても、一人ひとつ給食センターからお弁当箱を支給される形で、

食べ終わった人から箱を所定の場所へ各々返却し、お昼休みに入るきまりでした。

 

当時わたしは軟弱なもやしっ子で、今と違ってかなりの少食でした。

好き嫌いこそあまり無かったけれど、量が食べられない。

 

それで、とうぜん給食のお弁当も全部完食できず、お残ししてしまうのですが、

その「お残し」にはあるルールがありました。

 

それは、どれぐらい残したかを先生に見せて、先生から「もうちょっとがんばって食べなさい」とか「これぐらいならもう(ごちそうさまして)オッケー」とか判断をするんです。それでOKもらえないと、給食時間が過ぎて皆遊んでようが、帰り支度を皆が始めてようが、帰りのお掃除タイムになってようが、まだ食べてなきゃいけないのです。

 (今もやってるとこあるのかな?こーいうの。)

 

みんなドンドン食べ終えて外に遊びに行っちゃう。

残す子もいたけどすぐに先生のOKをもらって、片付けはじめる。

わたしばっかりいつも「ダメ!」っていわれてる。(気がする)

 

毎週毎週、木曜日の幼稚園は憂うつでした。

そして、何度めかの木曜日。

 

『半分も食べきってへんのに、もう食べられへん。』

『でも、センセに持ってったらぜったい「ダメ!」っていわれる。』

『でも、・・・もういやや。』

 

 

 

わたしはフタをそっと閉め、箱を片付けに行きました。

他の子と一緒に、外へ遊びに行きました。

この給食から逃れたいばかりに、人生初めての嘘をついたのです。

 

 

 

遊んでる間中、心臓バクバク。

先生にばれちゃうんじゃないか。

「こんなんアカンよ!まだ全然食べてへんやんか!」って怒って、お弁当を突き返してくるんじゃないか。

 

でも、先生は、来ませんでした。

ばれなかったのです。

 

・・・いや、ばれていたのかも知れなかったけど。

何事もなくその日は終わりました。 

 

その日以降の給食はどうしてたのか、全然覚えていないのですが、

とにかくその日、フタを閉めたその瞬間は、未だに脳裏にハッキリ焼き付いています。

嘘ついちゃった。嘘ついちゃった。わたしえんまさまに舌抜かれちゃう…

という罪悪感でいっぱいの気持ちと、

嘘ついたった。嘘ついたった。なんやいけるやん。

という謎のしてやったり?感もありましたね。

 

 

お題「給食」をきっかけに、良くも悪くも一つ大人になった瞬間のお話でした。

 

でも、もう一個いま思い出したんだけど、

風邪やなんかでお休みした日が給食だと、家の近いお友達が帰りに自分の分で余った給食弁当を持って帰ってきてくれるのです。(箱は後日返却)

それで、たまたまわたしもそういう日があって、そのお弁当を家で食べたのですが、

ママやおばあちゃんと一緒に食べたら、なんと完食できたんですよ。

おんなじ給食弁当なのに。

 

きっと、集団で食べる食事が苦手だったんだと思います。

というか今も苦手・・・。

 

ある意味、授業やお遊戯の時間よりも、給食の時間って

その後の人格形成に大きく影響するよなぁ・・・そんな気がしませんか。